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季題・季語に沿った俳句、川柳、短歌、和歌、手紙

恵比須講酢売に袴着せにけり 松尾芭蕉

季語・季題は春、夏、秋、冬の4シーズンに新年を加えた5つに分けられます。

月別に分けると、1月ムツキ睦月、2月キサラギ着更衣・如月、3月ヤヨヒ弥生、゙4月ウヅキ卯月、5月サツキ皐月、6月ミナヅキ水無月、7月フヅキ文月、8月ハヅキ葉月、9月ナガツキ長月、10月カンナヅキ神無月、11月シモツキ霜月、12月シハス・シワス師走となります。

ビジネスレターや、案内文、招待状など手紙の「拝啓」のあとの挨拶文にもよく使われますね。

今回のお話は神有月の季語・季題です。



 えびす様は「胡」「戎」という文字を使っているところからも元々は
 記紀に登場する日本の神ではありません。
(従って出雲へは行かない:後述)

 中華思想において、周囲にいる民族に当てた漢字が「胡」であり「戎」です。
 日本を「倭」と呼んだのと同じですね。
 
 日本では異民族という意味で「えびす」という言葉を当てていました。
 アイヌ民族に対する「蝦夷」もそうです。
 

 えびす様というのは時代の変遷とともにだいぶ変わってきました。


 当初は、外国から来たと言うことで、不動明王などもえびすと呼ばれて
 いましたが、外国=海の向こう ということから、鎌倉時代頃になって
 水の神とくっつくようになってからは、大国主命の息子の事代主命と
 同一視されたり、同じく記紀に出てくる蛭子命とも同一視されました。

 つまり、「水の神なら日本にも昔からいた。同じ神を日本では別の名で
 呼んでいただけだ」と言うことになったのです。


 事代主は神話の中で釣りをしているため、漁の神となり、蛭子命は
 イザナギとイザナミの間にできた子ですが、不具に生まれたため、
 すぐに流されてしまいます。日本各地に蛭子命が流れ着いたと云う伝説があり
 そこから水の神となりました。

 
 一方、平安時代の終わりごろから市が起こり、市の神としても「えびす様」が
 祀られるようになったのです。ここから えびす様=商売繁盛の神
 という図式も出てきました。



 日本橋夷講は、神無月になって八百万の神々が出雲に行ってしまうので、
 留守を預かる竈の神を祭って一年の無事と収穫を感謝したという方の
 えびす様が祀られています。

 竈の神=漁業の神(恵比寿様:胡子様、戎様)という繋がりのようです。
 従って、この系統のえびす講にて祀られているのは事代主命であったり
 蛭子命であったりします。

 この系統のえびす講は、旧歴と新暦の関係で10月20日に行う処と
 11月20日に行う処とがあるようですが、これは本来の竈の神を
 祭っているところです。


 別系統の、市の神=商売の神としてえびす様を祭っている神社は1月10日を
 えびす講としています。
 よく「10日戎」と呼ばれているところですね。
 こちらで祀られているのは事代主命・蛭子命と書かれていることもありますが
 いわゆる釣り竿背負って鯛を抱えている商売の神様です。

 まぁ今ではえびす講をいつ行うかの違いだけで、完全に混ざってしまって
 いますが。



 さて、なぜ出雲に神々が集まるかと言うと、日本を古くから支配していたのが
 大国主命。
 神話では国譲りによって大和朝廷に地上の支配権を譲ったとされています。

 その子孫(と言っても皆、神様)たちが日本全国に散らばっているので
 年に一度里帰りするのが、神無月です。
 初めのうちは大国主系の神だけが集まっていましたが、国譲りの後は
 天照大神系の神々も集まるようになったとか。

 そこで集まった神々が自分の管轄の地域の話をし、それじゃあ、この男と
 あの女を結婚させようじゃないか との話になるので出雲大社は縁結びの
 神様として知られています。
               ミテキタノカ?(゜゜;)☆\(--;)

 昔も今も大勢集まるとすぐに男女の噂になるようで・・・

                 アノネ (/^o(・・*)フムフム






  恵比須講酢売に袴着せにけり     松尾芭蕉

 (松尾芭蕉:元禄時代の俳諧師。江戸に出て「蕉風」と呼ばれる句風を
  確立し俳聖と呼ばれる。伊賀の出のため、奥の細道は東北諸藩を
  探るための幕府からの依頼に基づいた旅との説もある)


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