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季題・季語に沿った俳句、川柳、短歌、和歌、手紙

松とれて世ごころ楽し小正月 高井几董

季語・季題は春、夏、秋、冬の4シーズンに新年を加えた5つに
分けられます。

更に詳しく分けると、1月ムツキ睦月、2月キサラギ着更衣、3月ヤヨヒ弥生、゙4月ウヅキ卯月、5月サツキ皐月、6月ミナヅキ水無月、7月フヅキ文月、8月ハヅキ葉月、9月ナガツキ長月、10月カンナヅキ神無月、11月シモツキ霜月、12月シハス師走のつき別に分けることが出来ます。

今回のお話は新年の季語・季題です。


 小正月と言うのは日本古来の正月です。

 日本では正月行事は満月の日にやっていたんですね。

 夜が明るいからです。

 古代人も夜はロマンチックな気分になったのでしょう。
 しかも月が出てほのかに明るいとなれば気分はルンルンです。



 そこへ中国から暦が入ってきました。

 中国の暦は新月が1日なので、元日となります。
 新月とは月が出ない日です。

 月が隠れたことによって、これから月が出るようになるぞと、そこから
 1日、2日と数えるようにしてるんですね。

 そこで一年の始まりは月の出ない日となってしまいました。


 しかし、中国から入ってきた暦で正月が新月の日になっても、
 正月の慣習は満月の日に残りました。

 これが小正月です。


 大雑把に日本の正月行事を分けると、先祖を慰霊するのが元日。
 豊作を祈るのが旧正月という感じです。



 本来は小正月とは旧暦の1月15日です。

 太陽暦が導入されてからは新暦の1月15日が小正月になってしまいました。

 電燈も入ってきて、満月に行う意味が薄れてしまったためでしょう。



 関西では1日から15日までを松の内と呼びます。
 向こうは都ですから昔からの行事が続いています。。

 それに対して、仕事に追いまくられ伝統など無いに等しい江戸では松の内は
 7日まででした。

 いまではほとんどが東京の影響を受けて松の内は7日までになっているようです。


 松の内が取れるときに注連飾りや書き初めを焼くのが「どんど焼き」です。

 松飾りで迎えたご先祖の霊を火を焚いて送り出すのです。

 通常、14日の夜か15日の朝に行います。


 ここで「あれ?」と気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、
 これはお盆(盂蘭盆)の行事と一緒ですね。

 お盆の送り火です。

 大文字焼きや精霊流しと根は同じです。

 ♪去年のあなたの思い出が、テープレコーダーからこぼれています・・・

 おっと、またさだまさしになってしまった。


 そう、日本の文化は1年を二つに分けて前半と後半で同じこと
 を繰り返しています。

 お彼岸も同じことです。

 古事記や日本書紀に出てくる人の年齢が異常に長生きなのは、
 今の1年を生きると「2歳」と数えていたからではないか とういう
 歴史学者もいます。

 それ以前の人々はひと月を生きると一歳と数えていたのでは 
 という説もあります。



 また関西では旧正月を女正月と呼ぶところも多いようです。

 正月の忙しさから主婦が解放されてゆっくりできると云う意味のようです。


 小正月には小豆粥を食べると云う地域も多いですね。

 平安時代の「延喜式」にも書かれている行事で、邪気をはらい、一年間健康で
 いられるそうです。

 赤いものは目出度いと云う中国の思想が入って来たのでしょう。



 平安時代からはじまった、「元服の儀」という男の子が大人になる行事は
 小正月にに行われる風習があったので、1月15日を成人の日 
 と言うことになっていたのですが、
 成人の日を月曜にして3連休にすると消費が伸びる という理由で
 今では15日に固定されなくなってしまいました。

 消費を伸ばすのなら他にすることがあるんじゃないかと感じます。
 残念なことです。




  松とれて世ごころ楽し小正月         高井几董



 (高井几董:江戸中期の俳諧師。与謝蕪村の弟子で蕪村没後、
  蕪村句集を編むなど俳諧の中興に寄与したと言われる)


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