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この道を我らが往くや探梅行 高浜虚子

 そろそろ探梅の季節になってきました。

 江戸時代までは専ら「梅探る」という言い方をしていたようです。

 これを音読みで「探梅」と言うようになったのは高浜虚子以降だそうです。

 大寒を過ぎ、「うぅ、寒い。そろそろ春が来てもいいんじゃないか」という

 気持ちが春告げ花である「梅探る」として梅林や、ご近所の梅の樹をみては

 あぁ未だか という気持ちです。

 ですから未だ春になっていない丁度今頃の季節です。


 芭蕉がこの言葉を晩冬の季題であると定めました。

 似たような言い方で「香を探る」とも言います。


 私は音読みの「探梅」よりは、やまと言葉の「梅(香を)探るの方が趣

 があって好きです。

 奈良時代以前は歌の中で「花」というと梅を指していたようです。

 平安朝以後は徐々に桜を指すようになりました。


 梅は大昔に中国から伝わったのですが江戸時代までは紅花染めの補助材料

 として使われていました。梅のクエン酸がベニバナの赤を一層引き出す

 んですね。


 300種以上の品種があり、近親の杏と交雑しやすく、梅干しとして食べる実の

 大きなものは豊後系と呼ばれるアンズとの交配種です。



 中国では梅を国花としています。

 イングランドは薔薇、スコットランドは薊、ウェールズが喇叭水仙、

 フランスは百合です。

 日本では正式には定まっておらず、慣習でその時に合わせ桜か菊を用います。


 いずれにせよ、探梅と言うのは、春を待つ気持ちを指しており、実際に花を

 探す行動を強調するときは「探梅行」という言葉を使います。



  香を探る梅に蔵見る軒端かな         松尾芭蕉

  この道を我らが往くや探梅行         高浜虚子

 (松尾芭蕉:掲出の句がこの季題の初出と言われています。。
  高浜虚子:この句は何となく河東碧梧桐との確執を匂わせますね)



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