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競べ馬一騎遊びてはじまらず 高濱虚子

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 競馬。日本ダービーは6月の第一日曜日。

 イギリスのエプソムダービーは6月の第一水曜日です。

 しかし、この言葉のもともとの意味は京都上賀茂神社の馬場において

 6月5日に行われる競べ馬(くらべうま)の神事から来ています。

 荒々しい馬を乗りこなすことで五穀豊穣を祈ります。

 競べ馬は左方が赤、右方が黒の装束を着て最初の一番は左方が先に走り、

 右方が追いかけるという形で、必ず赤が勝ちます。

 それ以降の6番勝負は「合うたー!」の掛け声のもと公平な勝負となります。

 二頭の競争なんですね。

 今でこそサラブレッドが走りますが、昔は何の調教もされていない野生馬

 だったため、落馬したり、埒を破って観衆の中に飛び込んだりと、しばしば

 死者やけが人を出したようです。

 そのため、江戸時代には労災制度まであったようで、神事による落馬死亡は

 毎年3石が3年間与えられたようです(意外と少ない)


 この賀茂競馬を執り行う社家である賀茂氏は大和朝廷が山城国に入ってくる

 以前の先住民族で、神武東征の際の道案内を務めたと言われています。

 この系統の有名人は鴨長明、賀茂真淵など。

 恐らく一族の中で分裂し、大和朝廷に従った者たちが生き残った

 ということでしょう。

 のちに陰陽道の宗家としても賀茂氏は登場します。

 あの安倍晴明の師匠筋にあたります。


 一方、洋式競馬の日本での始まりは1860年(万延元年)に横浜の元町で

 外国人居留地競馬が行われたことが最初です。

 1866年(慶応2年)には横浜競馬場(根岸競馬場)が幕府によって造られ、

 馬券も売られていました。

 ただし治外法権で日本人はカヤの外です。

 東京では上野の不忍池一周で競馬が行われたこともあります。


 根岸競馬場跡地は今でも公園となっていますのでお近くの方は散策に行かれては

 いかがでしょう。根岸競馬場から港の見える丘公園までは外国人居留地跡

 であり、当時の西洋文化に触れることができます。




  競べ馬一騎遊びてはじまらず   高濱虚子
                         
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